絵や物語を創作する秘訣

創作は苦手だった子ども時代

「うまいけど、この絵で感動しないよね」

ガーーーン…

その昔、働きながら週に数回セツ・モードセミナー(絵の塾のようなところ)へ通っていたときの話。

ある人にこういわれて衝撃を受けました。

でもね、たしかに…

セツ・モードセミナーの授業では、「多分こんな感じで描くと先生に褒められるんじゃないかなぁ」って絵を描いて評価をもらっても、じゃあ、自分で創作で描こうとすると…

ろくなアイデアがでない…
何を描いたらいいのかわからない…

そういえば子どもの頃、私は兄弟と一緒に父から絵を習っていたのですけど、全然褒められたことがありませんでした。

唯一褒められた風景画を、◯十年経った今でも記念にとってあるくらい(笑

その理由は…

Keiの絵はキレイキレイしすぎてダメだ

って、ことでした。

子どもの頃からきれいなものや可愛いものが好きだったので、描く絵も小綺麗な感じでまとまっちゃってたんでしょうね。

芸術家思考の父とは合わなかったんです。

全然芸術が爆発していない!

…っていっちゃえばそれまでだけど、いつも褒められる妹が羨ましかったなぁ。

絵の道へ進みたい!って思ったけれど…

私の家は自営業で両親ともそれはもう忙しくて、子どもの頃は兄弟で遊ぶか本を読んでいるか…。

こんな子ども時代だったので、今思い出してみても空想好きの子どもだったと思います。

ですけど、その空想が芸術的な創作活動へ生かされることはなく…。

小学校から高校まで、学校の授業の図工や美術では

「こういう風に描けばいい成績が取れる」

なんて頭で計算して描いてて、美術部に入ったりしてがっつりがんばるほどのやる気もない。

絵に関してはそんな距離感がありました。

絵を描くことは好きだったと思うのですけどね。

子どもの頃父に褒められなかったってことも尾を引いてて、自分の創作にはまったく自信がありませんでした。

ただ、「なにかを表現したい」って気持ちはあったような気がします。

それが何かわからないまま高校生活を送り…

やっぱり美術の道へ進みたい!

って思ったのはもう高校3年生になるころでした。

ところが、高校3年生の時に父の病気が悪化し、経済的事情で進路も何も決めないまま卒業してしまいました。

絵の道へ進めずもんもんとしていた頃

アルバイトをしてお金を貯めて、その後デザインの学校へ。

絵では食べていけないけど、デザイナーとしてなら就職できる、というわけで、社会人デビューはデザイン会社でのグラフィックデザイナー(の卵)でした。

とはいえ、絵の道に進みたい、って一度思ってしまった気持ちはなかなか捨てきれず…。

「絵の道へ進みたい」

「でも、自分は創作が苦手だし」

「美大もでていないし」

ともんもんとした社会人生活を数年送った後に、働きながらセツ・モードセミナーへ通うことにしたのです。

どうしてセツ・モードセミナーに行こうと思ったかった言うと「学費が安かったから!」です(^^

あと午前・午後・夜間ってコースがあって、週に3回だけだったので、働きながら通うには都合が良かったんですね。

ところが、セツの当時の入学受付はなんと抽選。

働きながら通うには夜間部がよかったのですけど、私と同じように思う人はたくさんいたらしく、めでたく夜間部の抽選に落ちまして午後部に通うことになりました。

一人暮らしをしていたにも関わらず、デザイナーとしての仕事はアルバイトに変更してもらい週3回午後セツに通っていたので、それはもう貧乏ヒマなしでした(^^

当初ぽっちゃり系だった私が、すっかりスリムになりました(笑

セツ・モードセミナーでやることは、講義などはなくて主に着衣か裸体のモデルさんをクロッキー。

あとはたまに水彩でモデルさんを描く。

着衣にしろ、ましてや裸体!

人物を描ける機会が毎回あるってなんて贅沢!

…って思いますけど、美大のように専門的知識を学ぶわけではなく、自分の創作能力も相変わらず自信がなく、やっぱりもんもんとした気持ちが消えることはありませんでした。

そしてこの頃、冒頭のセリフ

「うまいけど、この絵で感動しないよね」

知人に自分が描いた絵を見せたところ、こう言われました。

まあ、ある意味、「こういう風に描くと先生に褒められるはず」って思って小手先の器用さだけで絵を描いていたので、見てくださった人が感動するような絵を描けるわけないですよね。

オリジナリティのある作品が描けない…

自分なりの創作ができない…

さらに、その知人に

「芸術なんて金持ちの国の道楽だ。貧困の国で必要なのはミルクであって芸術ではない」

と言われ、心の中では「違うよ!」って思いながら、なにも反論できない自分。

なんか私、ダメっぽい。

いつか私は絵を描かなくなって、「そういえば私は昔画家になりたかったんだよね〜」なんて、セツ・モードセミナーに通っていた頃を懐かしく思い出すのかもしれない、なんて思ってました。

創作ができるようになったあるできごと

貧乏ヒマな私生活に耐えつつ、セツ・モードセミナーに通って一年ほど経った頃でしょうか。

強烈な頭痛と視覚の異変で病院へ行ったところ、緊急入院ってことになりました。

ちなみに、その時の視覚異変では、街灯、信号、などなどすべての光りが色分解されたように虹色に輝いていました。

その美しさは忘れられない光景だったりします。

めっちゃ頭痛かったですけど(笑

一時期は死んじゃうのかな??って思いましたけど、しばらく入院生活を送ったあと退院。

その時の後遺症で今も右の視野が一部欠損しています。

視野の欠損もショックでしたけど、病気になって社会生活から離脱してしまった私から離れていく人もいて、当時仲良くしていた友だちに

「今のあなたと一緒にいても意味がない」

って言われたのは、本当に悲しかったなぁ。

でも、親身になって力になってくれる友だちもいました。

今でも心から感謝しています。

苦しい時期はしばらく続きましたけれど、苦しい中でも絵を描き続けていました。

そして、描き続ける中で気がついたのですけど…

なんか私…

なんか私…



創作ができるようになった??

病気以降苦しいながらも描き続けている中で、想像の世界がどんどん広がっていきました。

謎です(笑

地道に制作を続け数年後、偶然の成り行きもあって初めての展示(二人展)開催。

思いがけずお褒めの言葉をたくさんいただき、翌年初個展開催。

普通に美大を出た人たちから比べたら10年は遅い個展デビューでした。

その後また病気をしてしまい長い闘病生活などもありましたけれど、カメの歩みでコツコツ描き続け、今に至ります(^^

幸せを紡ぐ絵を描く

画家として活動を始めてから、あるアートディレクターの方にポートフォリオを持って見せにくるようにお声かけいただきました。

ポートフォリオを見ていただいたところ

「芸術的ではない」
「この作風ではコレクターには好まれない」

って、言われちゃいました。

「かわいい」「きれい」メルヘンの世界観への批判。

そういうセリフ、子どもの頃に父に言われたなぁ…(^^;

だけど、私の個展にはコレクターじゃなくて普通の皆さんが足を運んでくださいます。

そして、

「ホッとする」
「温かい気持ちになる」
「癒される」

なんて言っていただいたり、自分の手元に置きたいとご購入いただいたり、絵を見て涙ぐんでくださった人もいたり…

本当に絵を描き続けてよかったなって思っています(^^

多分父も生きていたら、私が絵を描き続けていることを喜んでくれたんじゃないかな。

たしかに、私の絵は芸術志向な人たちが好む作風ではないかもしれません。

でも、私は芸術志向の人だけが好む絵ではなくて、普通に生活をし、人生を一生懸命健気に生きている人たちに絵を見ていただき、見てくださった方に喜びや希望を届けていきたい…

そんな風に思って、これからも「幸せを紡ぐ絵」を描いていこうと思っています。

創作の秘訣

私は美大に行った方のようなアカデミックな美術教育を受けたわけではないし、技術的にはもっともっと勉強をし続けなくては…って思っています。

でも、もちろん技術は必要なのですが、創作画を描くのに写真そっくりに描くような技術が必ずしも必要なのか?って言うと、どうなのでしょうか…

※スーパーリアルなどの作風を批判しているわけじゃありません!

技術はあるけどオリジナリティがない絵よりも、技術はまだ未熟だけど個性が光り輝いている創作画の魅力って言うのもありますよね。

もちろん、技術があれば描く世界は広がるし、自分が描きたいものを描くための技術力は必要ですけれど(^^

絵の中に込めたあなたの思い、今まで生きてきた人生から得たもの、世界観

創作を通してあなた自身の持つ世界に共感してもらう絵を描く

ってことが大切なのではないかな、って思っています。

で、創作にまったく自信がなかった私が、今では創作作品を制作している

その秘訣は…

私の創作は、病気で思ったように人生を謳歌できなかった苦しい日々が育ててくれたのだと思います。

だから、今苦しい状況にいる人へ…

きっと今の苦しみがあなたの創作に生きてくる日が来ます。

あなたの人生こそが、いつか輝きとともにあなたの物語を生み出す力になると思います。

あなたの人生を生きることが、あなたの物語、あなたの作品、あなたの創作の秘訣です。

以前、

「芸術なんて金持ちの国の道楽だ。貧困の国で必要なのはミルクであって芸術ではない」

って言われて答えられなかった私。

でも、今だったらこう答えます。

「たしかに、生きるか死ぬかの場面では芸術は無力かもしれない。でも、前を向こう、これから生きていこう、って人たちにとって、きっと芸術が力になる」

ここまで読んでくださり、ありがとうございました(^^